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2011年5月

2011年5月 8日 (日)

ヤフー知恵袋の質問に答えました「山月記についての質問」

ヤフー知恵袋に山月記についての質問が寄せられており、
回答を投稿しました。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1161655911

内容は以下です。

山月記についての質問なのですが・・・

                  catcat5371さん       

山月記についての質問なのですが・・・

「山月記」の文中の「何処か(非常に微妙な点において)欠けている所」とは、どんなことか。文中より分析して私見を述べよ。
という問題なのですが、なかなか国語力がない自分には書けません><
かなり長い文章で書かなければならないので、よかったら詳しくお願いします<(_ _)>
お忙しい中だと思いますがよろしくお願いします><

                  wakuwaku09sanさん       

こんにちは
山月記のこの問題は、この作品が書かれてから、ずっと取りざたされており
学者の間でも解決を見ていない問題です

ですので、国語力どうこうで解決できる問題ではありません。
もし課題の提出として私見を述べるとしたら、幾つかある学者の説を並べて、私はこの説が正しいと思うといった書き方が妥当かと思います。

この方法は、大学で国文学を専攻して研究論文を書く場合にとられる方法でもあります。


現在に至っても未解決のこの問題について、私はこれまでにないまったく新しい説を唱えています。もし気に入ってもらえれば、私の説も紹介していただければ幸いです。

これまでの説と大きく異なるのは、浅い社会常識から推測する従来の説ではなく、あくまで本文の分析の上に立った論であること。
(具体的に言うと、本文に出てくるひとつの漢詩に足りないものは何かということを解決の糸口にしている)
一方で、心理学の知識を補助知識として利用することで、そのひとつの漢詩に足りないものを生み出し、李徴のほかのすべての詩にも影響を与える、ある要因(つまりこれこそが欠けるところなのです)について解き明かすという方法をとっていることです。
ちなみに心理学の知識といっても、心理学の本を読んでいなければ得られないようなものではなく、自己を深く妥協なく見つめることで誰にでも得られる見識、洞察です。

さて具体的な論については、以下を参照してください。
http://wakusan.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-8b78.html

上で、「国語力どうこうで解決できる問題ではありません。」と書いたのは、少し失礼だったかと思います。
申し訳ありません。

さらに補足ですが、高校の授業での課題であれば、大学の研究論文のような体裁で行うことよりも、過去の論など参考にせず自分で思うことを書いて来いという意図もあるかと思います。
私としては、自分で書けないから、過去の他人の論を模倣するというのはおすすめできません。
であれば過去の論を引用しながら、自分の意見を付け加えて書くという方法が、正当であり質問者の困っている状態を救うことにもなりお勧めする次第です。

そのための参考資料としてネットで見つけた、研究論文を以下に載せておきます

http://repository.hyogo-u.ac.jp/dspace/bitstream/10132/458/1/AN1030...

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