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2011年4月

2011年4月24日 (日)

読書日記「伊藤真の『3分』力」

司法試験合格のための伊藤塾塾長の伊藤真氏の著書「伊藤真の『3分』力」を読みました。
参考になった点をいくつか挙げたいと思います。

  • ちょっとしたことでも予行演習を行おう。結婚式のスピーチを頼まれたときなどなら多くの人が予行演習をするが、それ以外の会議の始まりの挨拶、朝礼での一言などどんなに小さなものであっても、予行演習をしておこう。そういう、ちょっとした場面でしっかり話をしているかどうかを、意外と人は覚えているもの。きちんとしておけば、次の大役にもつながります。そして予行演習では実際に手を動かしたり、口を動かしたりしてみよう。
  • いつでも迷わずに行動する方法は、原理原則を決めておくこと。迷ったとき人のためになることなら行う、自分のためになることなら手を引く。買い物はどんなに欲しいと思っても、その場で買わずに一晩寝かせる(本以外)。ハードディスクの中にあるTV番組は6ヶ月たったら消してしまう。
  • 息抜きのコツは、体を動かすこと。机の片付けなど単純作業。またトイレはあえて遠い場所に行く。
  • 同時進行しなければならない状況というのはそうない。皿回しのように仕事をすればよい。1枚の皿をぐるっと回して、次の2枚目の皿も回す。3枚目の皿を回すと1枚目がふらふらしだしたので、1枚目に戻って勢いづける。さらに4枚目をまわし始めて、すぐに2枚目を勢いづける。3枚目にいって、また1枚目を勢いづける。
  • 時間を長いと感じるのは、いつ終わるのか予測がつかないことと深い関係がある。
  • 1分ですむような簡単なことを伝えるのにも、意識的に3分を使ってみると、有効なケースがある。

2011年4月11日 (月)

被災地復興のアイデアを紹介

被災地復興のアイデアで私がなるほどと思ったユニークなアイデアを以下紹介します。それは、津波で破壊された海岸地域のもっともひどい部分を一部そのまま保存して、ミュージアムにしてしまうというものです。

現地にボランティアで行かれた方に映像を見せてもらったのですが、瓦礫の山でその瓦礫を左右に押し分けて道ができている状態。また現地は異臭がすごく、魚やもしかしたら人間の死体のからの死臭ではないかとのこと。少なくとも初期はそういった瓦礫、異臭そのままに上に屋根を乗せただけの状態で展示するとよい。

そこを中心に、地震、津波の恐ろしさを科学的に解説証明するような施設を作る。その際実際の映像を使ったり、CG映像を使ったり、また体験型のアトラクションも作成する。津波ミュージアムを中心とした、津波パークを作るというアイデアです。今回の地震は、世界中歴史上まれに見る大災害とのことで、それを体験する機会を、日本全国のみならず、世界中の人々に与え教訓としてもらうのが良いと思います。まじかに見て自分のこととして考えて、初めて人は本気で考えることになると思います。そのための施設になるのではないでしょうか。

被災地を見世物にするともいえるこの案には被災地の方の同意が不可欠なのは言うまでもないですし、早急な国民の意思表明が必要です。賛同できる方は政府や身近なところで政府にかかわる組織や人に知り合いがいらっしゃれば是非この案を紹介してもらいたいと思います。

2011年4月 4日 (月)

プログラミングの勉強(その2「やったープログラムが動いたぞ」の続きです)

私のプログラミング挑戦は、まずプログラミングの概念をつかむことから始まったのでした

このとき使った本3月13日にスタート、、、「これからはじめるプログラミング基礎の基礎」技術評論社
●ここで思ったのは、この時点で私はPC検定4級をとっており、エクセルの知識が少しあったのですが、その知識がないと苦しかったのではないかと思います。あっても十分苦しかった。

次に読んだ本3月19日にスタート、、、「はじめてのJavaScript」天野友道著JavaScript辞典(株)アンク
24日の昼に、最初買っていたプログラムの本に挫折したのでした。
●まず、例文にHTML部分が省略されておりそこを書いていなくてプログラム動かず(実は後述する理由だったかもしれない)、一緒に買ったJavaScript辞典(株)アンクにもHTML部分が省略されていた。

25日に買ったのが、、、Head First JavaScript オライリー社、、、600ページの厚い本
と、ホームページにそのまま使えるJavaScript例文活用辞典 技術評論社
そして勉強をはじめたのですが、プログラムを書いてもやはり動かず。
●まずプログラムの文をメモ帳に書くのですが、うまくいかないと書き直すとして、その際の上書きの仕方がうまく分からない。結局保存した物を右クリックしてプログラムから開くの時に、ブラウザを選ぶか、メモ帳にするかでやるのが便利に気づきました。
●プログラム文で他のファイルを呼び出すようになっているのですが、その時同じフォルダーにいれとかないと呼び出せないよというのを知りませんでした。
これが最大のつまずきでした。ジャバスクリプトの書き始めのとき、「はじめての~」では<SCRIPT>それ以外の本では、<script type~>と書いてあったのですが、ここを<script>
(<SCRIPT>でもいいのかもしれませんが)にしたら、プログラムが動き出しました。

「やったー」でした。
まあこれからまだまだつまずき、うずくまり、天を仰ぐことがあるかもしれませんが


ここまでが前回の記事でした。3月25日からオライリー社の本で勉強を始めました。最初こそ絵がいっぱいで楽しいなあと思って進んでいたのですが、途中から前々歯が立たなくなりました。

ここがわからないとかじゃなく、何言ってるかわからないんです。理解度15パーセントくらいだったんじゃないでしょうか。それでも何とか読み通し4月3日に終了しました。途中わからないところは、理解するのをあきらめ、とにかくコードをノートに写して、ちょっと見返してやっぱりわからない、ここはでもこういうことかな(15パーセント)と思いつつ先に進むといった感じでした。とにかくわからなくてもコードだけは手で書くという作業をしてぎりぎり勉強のリズムを保っている状態でした。そして、何言ってるかわからない状態を生んでいる元凶の用語、式をノートにメモしながら進みました。

 

この両者の本ともに言えることですが、まだ学習していない用語を何の説明もなく平気で使っていました。プログラミングの学習書ってまだ未成熟の領域なのかなと思ってしまいます。特にオライリーの本はそれが多かったように思います。最初は、何か自分が見落としているのかなとも思ったのですが、そうではありませんでした。もし、天野氏の本を読んだ後でなかったら、もっと大変だったと思います。途中からは、この本の実態がわかったので、そのつもりで読み進みました。とはいえ、砂をかむようでした。

そして今はもう一度、天野友道著の本に戻って、挫折したところからはじめています。

3つの軸で分類する8つの評価法を提案する

私は以前「正直に気持ちを伝える会話術」の記事の中で、インディアンは、うそをつかないのではなくて、その言語体系のためにうそがつきにくいのではないかということを述べました。

今日はそのこととも少し関連する記事を書きたいと思います。この記事で私が言いたかったのは、コミュニケーションにおける、正直さや誠実さというものが、ひとつの規範として(つまり常識的なマナー、ルールとして)取り入れられていいのではないかということです。前回の記事では、ことばの使用法という面から、うそや知らず知らずに取り込んでしまう先入観を避けるコツについて書いています。

今日は、もう少し範囲を絞り込んで誠実で正直なコミュニケーションを実現する方法を提案したいと思います。それが、三つの軸に基づく8つの評価法です。人を評価するときの方法を修正することでよりよいコミュニケーションを図ろうという目的です。3つの軸とは、①上下②自分に向けてのものか、他人に向けてのものか③事実かそうでないかという三つです。

まず結論を言ってしまいますと、まず①②で評価を4分割して、そのまま記述しているものが事実である場合。その横ににカッコつきで書いてあるのが、事実でない場合です。他人上、、、ほめる(おだてる)、他人下、、、批判する、軽蔑する(けなす)、自分上、、、誇る威張る、驕る)、自分下、、、反省する、(卑下する、謙遜する

※批判する、反省するは少しニュアンスが違うような気もします。何か他にぴったり来るものがあれば教えてください。とりあえずこれで行きます。

上下というのは、評価であれば当たり前で特に目新しくないと思います。私が強調したいのは、②③の軸についてです。

まず③についてですが、この事実であるかどうかというのをもっと意識して評価を行うようにするといいのではないかと思います。一見事実に基づく批判のように見えることでも、これは事実に基づいた評価だろうかと慎重に再考する習慣を持って欲しいと思います。そうすれば、例えば批判するにしても、それは行き過ぎではないか、程度という意味では事実ではなくなるのではないかなど反省するきっかけになるのではないでしょうか。

次に②の自分に対してか他人に対してかという軸ですが、なぜこのような軸を持ってきたのかです。評価といったとき自分に向けての評価というのはあまり考え付かないのではないかと思います。少なくとも表現としてはあまり出てこないというか多用されない。特に日本人は自分に対して事実に基づき高く評価する誇るというのが少ないと思います。私は、今後この部分をもっとしっかり行うべきではないかと思っています。なぜかというと、この部分がしっかりされていないがために、他人のよさを正しく評価できなかったり、足を引っ張ったりするのではないかと思うからです。自分を、誇れるように努力することで、他人の努力に対しても素直に共感しほめられるようになるのではないかと思うのです。

ここまで書いてきて、自分に対して事実に基づいて低く評価するときのもっと適切なことばが思い浮かびました。それは恥じるです。先日ある方から聴いたお話の中でこの恥じるという感覚は日本人だけが持っていると聴きました。

私がこの評価法を考えついたきっかけのですが、それはロサンゼルスオリンピックで銀メダルを取った有森裕子さんが、その後のスランプを乗り越えてソウルオリンピックで銅メダルを取ったときに語った「自分で自分をほめたい」ということばでした。4年前の銀メダルよりも苦しみを乗り越えて獲得した今回の銅メダルの方が彼女にはこころ震えるものだったのだと思います。

私たちが、誇る、恥じるといった自分に対する、正しい評価をするようにすれば、他人からけなされたり、あるいはおだてられるといった評価があってもぶれることがなくなるのではないでしょうか。 社会にはどんな変化が起きるだろうかと考えるのですが、日本はもっと率直ですがすがしい国になるような気がします。

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