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2011年3月21日 (月)

知恵が生まれる瞬間(ワンピースとイエスキリストの言葉から)

何かひらめきが生まれる瞬間ってどういう情報の化学作用が起きているのだろうか
これは私が15年ほど前からテーマにしている事で、あるとき一定の結論は出したのですが、
今も継続して考えているテーマです。

この記事では、その結論については触れず、最近興味を引いたひらめきの瞬間について、とてもよく似ていると思う二つを取り上げたい。ひとつはイエスキリストの有名な言葉「罪なきものは石を投げよ」である。そしてもうひとつは、大ヒット漫画であるワンピースの中のあるエピソードである。

ちょっとうろ覚えなのですが、イエスキリストは民衆からリンチを受けようとしている女性を何とか救おうとする。しかしその女性は売春婦であり、責められて当然の人間なのである。当時の倫理観から行って、単にかわいそうであるとか、そこまでしなくてもというような話をイエスキリストがしたところで、民衆が耳を貸すはずもない。そしてイエス自身の中にももしかしたら、その女性は責められて妥当で許すべきではないという気持ちがあったのかもしれない。しかし見ていて痛々しい何とか救ってやりたいという気持ちも真実である。まあ、そのような葛藤の状況であったと思われる。そこででたのがこの言葉である。情でもなく、ごまかしでもなく、民衆を押し切って強引に解決させたのでもない。倫理観を放棄したのでもない(売春婦といえども石など投げてはいけないといっているわけではない)まさしく、知恵が解決したのである。

一方ワンピースのエピソードでは、ラブーンという鯨が昔親しくした友人を待ちわびているが、いつになってもその友人は帰ってこない。そのため、何とか自分がいる湾から出て探しに行こうと岩に頭をぶつけて出ようとする。傷がひどくなるからやめろといっても、鯨はいうことを聞かない。見かねたルフィーは、そのラブーンを殴り倒しそして、「俺は強いだろう。悔しいか。今日のところは引き分けにしておいてやる。勝負は俺が航海から戻ってくるまでお預けだ」と言って、ラブーンに新たな待つ意味を与える。その約束のしるしとして、鯨の傷だらけの頭に自分の船の旗と同じマークを書く。鯨は新たに結んだ約束のしるし(友情のしるし)のおかげで、それ以降頭をぶつける事はなくなった。

この二つの話に共通することは、どちらも妥協して答えを出したのではないということ。一見解決は困難に見えるようなこと、両立しない二律背反の状況を解決してしまっていることである。

この両者のひらめきはなぜどうして生じたのだろうか。大変興味深い。逆に言うと、ひらめきが生じないとき私たちはどのような思考に陥っているのだろうか。

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